Naomi Osaka(大坂 なおみ)観てきました!

大阪人Osaka peopleとしてこれは書かねばと思い、筆を取りました。Naomi Osakaですよ。大坂なおみ、皆さんテレビにかじりついていると思います。と思ったら9月8日土曜日、日本ではUSオープンの生放送はWow Wow以外で放映されておらず、多くの人が観ていないというショッキングなニュースを聞きました。という事で私は現地ニューヨークへ観戦に行っていますので、レポートいたします。

大会公式グラスの写真:これは会場内の至る所のバーやレストランで売っているレモン風味のオリジナルカクテル(アルコール)が入っているプラスチック製のグラスです。歴代の優勝者の名前が刻まれています。1杯17ドル。持ち帰り自由。

その他男女とも決勝戦当日は、無料で「US open 2018」のロゴが入った帽子が配布されます。数に限りがありますので遅くとも試合前30−40分前には座席に入った方が良いそうです。USオープンオフィシャルグッズ店は会場内にいくつもあり、ウィルソンズ、アディダス、ラルフローレンのブランド店もあり、USオープンとのコラボ商品を扱っています。USオープンのロゴが入ったラルフローレンは、ボールボーイ/ガールやスタッフが着用しているので絶対に欲しくなります。自分に合ったサイズの商品が残ってるかは賭けですが、大会終了後はラルフローレンなどのオンラインショップでは半額ほどに安くなります。メンズのXXSやXSは比較的売れ残っているので狙い目です。女性ものや子供服もサイズがあれば、超・お買い得です。

土曜日の決勝当日の朝、New Yorkへ

ピッツバーグからニューヨークにあるラガーディア空港(LaGuardia Airport)までは飛行機で1時間20分、車では約6時間のドライブなのでどちらにしようか悩みましたが無事にNaomiを見届けて無事に帰ってくるまでが「応援」ですので飛行機を選びました。ラガーディア空港から会場までは車で10分ほどの好立地です。

私は子供の頃から根っからのテニスファンです。海外の試合を見るため、夜更けにこそっと起きて暗い部屋のなかテレビにかじりついた小学生時代。学生と社会人含めバスケットボールは16年間現役でプレイしましたが、テニス観戦は文字通りに人生の半生を捧げています。ここで、歴代の有名な女性テニス選手を紹介し後のNaomi Osakaの快挙がいかにすごいかを楽しんで頂けたらと思います。 

グランドスラムとは

そもそも、グランドスラム4大テニス大会とは、国際テニス連盟が定めた4つの大会の総称です。世界のテニストーナメントとしては最大規模・最高権威を持ち、文字通り世界最高峰のテニス大会です。なのせ選手のレベルを表す表現に、グランドスラムを何回優勝したか、とかどの大会で優勝したか、などが使われます。

その4つとは、オーストラリアで毎年1月に開催される全豪オープン、フランスでは5月6月の全仏オープン、ウィンブルドンはロンドンで6月7月に芝のコートで実施されます。そして今回Naomiが優勝した全米オープン(USオープン)はニューヨークで8月9月に開催され、全豪オープンと同じくハードコートが使用されています。ハードコートはセメントやアスファルトを基礎にして、合成樹脂などでコーティングされて造られるコートですが、全仏オープンは唯一のクレーコートで土質の材料で作られています。コートの違いによってもボールの跳ね方や選手が使用する靴、体への負担が事なり毎回コンディションの調整が変わる為、コートや大会によって成績が異なる選手もいます。

歴代の名選手リスト

ウィンブルドンで前人未到の6連覇を果たしたマルチナ・ナブラチロワ(Martina Navrátilová)から始めます。彼女はチェコスロバキア(現スロバキア)出身ですが、幼い頃にアメリカに亡命した形となり国籍変更を余儀なくされ、プロ選手生活はアメリカで続けました。そして無敵の強さを誇りました。しかし7連覇をかけた1988年のウィンブルドン決勝で当時最強だった彼女を破ったのは19歳の新星、シュテフィ・グラフでした。ナブラチロワはその後38歳の引退を迎えるまで第一線で走り続けました。振り返るとシングルス9回の優勝をウィンブルドンで果たしており、この記録は男女を通じて未だに破られていません。1994年に世界ランキング4位という実力を保ったまま惜しまれながら引退しました。今でも多くのファンに愛されるのは、2重国籍を保持せざるを得なかった半生や同性愛者である事を告白した後に女性との結婚、その苦労は計り知れませんが、テニス界に新しいフィジカルトレーニング方法や食事療法などの医学知識を持ち込んだ博学の先駆者でもあるからです。

シュテフィ・グラフ(Steffi Graf)はドイツ出身の幼少期は「神の子」と呼ばれる早熟選手でした。彼女の登場までドイツでは有名なテニス選手は存在しなかったのです。そんな中、新星だけでなく容姿端麗、正確かつダイナミックなプレーで若干19歳時のナブラチロワ戦で世界中を魅了しました。通算186週間維持した世界ランキング1位連続保持記録は女子の歴代1位で、在位記録は男女を通じての377週間と史上最長記録です。また、1年間に4つの全てのゴールドスラムを優勝するというゴールデン・スラムを全仏オープンから始めた1987年に達成しています。テニス史上、年間ゴールデンスラムを果たしたのは彼女だけで、さらにすごいのは1988年に4つめのグランドスラム、USオープンを優勝したあと、ソウルオリンピックでも優勝しているので、ゴールデンスラム+オリンピック優勝者という適切に表現する言葉が見当たらない選手です。1999年のウィンブルドン決勝でリンゼイ・ダベンポートに破れ8度目の優勝を逃し、同年世界ランキング3位で現役を引退しました。

我らが伊達公子は1996年日本で開催された女子国別対抗戦・フェドカップの1回戦であのグラフを破り日本だけでなく世界中に疾風を巻き起こしました。彼女の代名詞でもある「ライジング・ショット」は今でこそ多くの選手が出来ますが、当時は他に類を見ない非常に高度な技でした。当時初めて対戦した選手はあまりにもショットのタイミングの違いに驚き手も足も出なかったです。このショットは相手の打ったボールが自分のコートでワンバウンドした直後の上がり端を打ち返すという技で、日本から来た名手として伊達公子の名を世界に知らしめました。1996年に世界ランキング8位での引退となりましたが、不屈の精神と日本のテニス界に刺激を与えるため2008年に現役復帰。47歳の2017年に本当に引退しました。全豪オープンでの勝利とウィンブルドン3回戦進出を果たした選手の中で最年長記録。日本人テニス史上最高の世界ランキング4位は未だに破られない記録です。今回のUSオープン優勝でNaomi Osakaは世界ランキング7位と急上昇しています。

Naomiのニュースで多くの解説を務めている今でこそスポーツキャスターとしての地位を確立している伊達公子がシングルスならば杉山愛はダブルスの日本女王です。ダブルスの世界ランキングで1位をとった唯一の日本人選手です。グランドスラムの優勝は、1975年のウィンブルドン・ダブルス女子で優勝した沢松和子組以来、2000年のUSオープン・ダブルス女子で達成しました。多くの選手が幼少期にテニスの聖地フロリダ州に留学や移住するのに対し、大半のテニス人生を日本で過ごしました。2009年に日本で開催された東レ パン・パシフィック・オープンを引退試合とし、2009年全豪オープン・ダブルス女子でウィリアムズ姉妹と対戦しています。日本人選手はダブルスに強いのですが、ただ男女ともにこれまでシングルス・グランドスラム優勝がなかったのです。それをNaomiがやり遂げたからこんなに大騒ぎになりました。杉山の自己最高のシングルス世界ランキングは8位で、伊達公子の1995年の4位に続き日本人女性選手で史上2人目のシングルストップ10入りです。Naomiが2018年に3人目のトップ10入りです。

リンゼイ・ダベンポート(Lindsay Davenport)はカリフォルニア州(アメリカ)出身の189cmの超・攻撃型のプレーが特徴の長身選手です。恵まれた体格と鍛え抜かれたフィジカル・メンタルで、グラフのウィンブルドン君臨時代を終わらせた選手です。若い頃はメンタルの弱さから本当の実力を発揮出来なかったそうです。Naomiもそうだったようです。昨年の1998年には全米オープン女子シングルス決勝で、前年度優勝者のテニス界の妖精マルチナ・ヒンギスを破り初のグランドスラム優勝を果たしました。1999年はグラフを破りウィンブルドン優勝、2000年全豪オープン優勝の記録があります。1990年代から2010年の引退までウイリアムズ姉妹やマルチナ・ヒンギス、マリア・シャラポワ達とともに世界の女子テニス界を盛り上げてきた立役者です。シングルスとダブルスを平行して居たため、1996年から2000年の間はどこを見ても優勝はダベンポートという器用な選手でした。でもなぜかグランドスラムでは唯一全仏オープンでは優勝の経験がありません。

マルチナ・ヒンギス(Martina Hingis)は、チェコスロバキア(現スロバキア)出身のスイス国籍の選手です。マルチナ・ナブラチロワにあやかって「マルチナ」と命名された天才少女は1997年「16歳3ヶ月」で全豪オープン初優勝、「16歳6ヶ月」で史上最年少の世界ランキング1位、「16歳9ヶ月」でウィンブルドン初優勝、「16歳11ヶ月」でUSオープン初優勝を果たし世界を轟かせました。もちろん全て史上最年少記録です。早熟選手はパワーテニス時代の到来もあって2003年、22歳で引退します。その後苦悩の人生が続き、2005年現役復帰を果たすも2007年のウィンブルドンでコカイン使用を指摘され2度目の引退。2013年32歳の時にダブルスで現役復帰を果たし、2017年ジェイミー・マリーとの混合ダブルスでウィンブルドンと全米オープンを優勝。全米オープンでは詹詠然とも組んだ女子ダブルスでも優勝しています。37歳時に世界ダブルスランキング1位に返り咲いた年に最後の引退となりました。今回のUSオープンでは観客席に当時の天才少女が今でもテニスを愛する姿がありました。

2004年ウィンブルドン準決勝でダベンポートを破り自身初のグランドスラム優勝を果たしたのは、この方、マリア・ユーリエヴナ・シャラポワ(MariaYuryevnaSharapova)、ロシア出身のモデル兼プロテニス選手です。当時まだ17歳だった容姿端麗ときらびやかなプレースタイルとショットの度に大きな声を出すのが特徴的なシャラポワは優勝を機に一躍スターとなりました。同大会の決勝では決勝でセリーナ・ウィリアムズを 6-1, 6-4 のストレートで圧倒しました。シャラポワは、マルチナ・ヒンギスに次ぐ大会史上2番目の年少ウィンブルドン優勝者で、1年間内ではありませんが2004年から2012年の間に全ての4大大会で優勝したゴールデンスラム達成者でもあります。2005年にはと呼ばれた台風の中開催された、東レパン・パシフィック・オープンに日本中からファンが駆けつける「シャラポワ効果」も後押しし、決勝でダベンポートを破り優勝を果たしました。同年にロシアの女子テニス選手として史上初の世界ランキング1位に輝きました。2018年Naomi Osakaが○○大会3回戦で対戦し、Naomiが勝利を収めました。

2005年全豪オープン決勝でダベンポートを破ったのは当時17歳だったセリーナ・ジャメカ・ウィリアムズSerena Jameka Williams)で、同年のウィンブルドン決勝では姉のビーナス・ウィリアムズがダベンポートを破り優勝しました。ここからウィリアムズ姉妹の輝かしい歴史が始まります。今回NaomiとUSオープンの決勝を戦ったセリーナは1999年から2003年の間に達成したゴールデンスラム保持者でもあります。2012年のロンドンオリンピックでも優勝しパワーテニスの代名詞にもなりました。彼女のパワーサーブに加え、信じられないほど鋭角的なショットは、まさに最強です。自己最高世界ランキングはシングルス・ダブルス共に1位、これまでの生涯獲得賞金もすべての女子プロスポーツ選手で最高額という名実ともにテニス界のレジェンド。グランドスラムの合計優勝回数が通算23回とテニス史上歴代2位のセリーナは実は今大会が24回目のグランドスラム優勝記録がかかっていたのです。もし優勝を果たしていれば歴代1位になれたという訳です。この記録を大阪出身アメリカ育ちのNaomi Osakaが破ったという訳です。

そして、そして2018年USオープン初優勝の大坂なおみ(Naomi Osaka)は大阪生まれのフロリダをテニス生活の拠点とするプロテニス日本人選手。これまでの歴代日本人のテニス4大グランドスラムでの最高記録はKei Nishikoriの2014年準優勝が最高で、伊達公子は1994年全豪オープン、1995年全仏オープン、1996年のウィンブルドンでのベスト8が最高記録でした。

彼女の国籍ですが、正確には日本とアメリカのダブル国籍です。テニス選手としては日本として出場してくれています。日本は二重国籍を認めていない国なので、彼女が22歳になるまでにどちらか1つの国籍を選ばねばなりません。15歳でその才能を発掘されてプロ選手となり、2016年の全豪オープンがグランドスラム初出場です。初めてながら3回戦進出という快挙を果たし一役脚光を浴びることに。同年、全仏オープン、USオープンにも出場し、9月の東レパン・パシフィック・オープンではその才能を見せつけ準優勝し、日本人選手として初となる世界テニス協会からの最優秀新人賞を受賞しました。ここからテニスウェアにもロゴが付いているように日清食品とのプロ契約が始まります。2017年のUSオープンの初戦で前回優勝者のアンゲリク・ケルバー(Angelique Kerber)に勝ったもんだから、世界中を驚かせ注目が集まりました。なので決して今回のUSオープンは全く事前情報が他の選手になかった訳ではないんです。ちゃんと試合のビデオも残っていますし他選手は研究が出来ます。2017年のUSオープンではその後3回戦で負けてしまいますが、この時に現在のコーチであるサーシャ・バジンがその才能を見出しコンビがスタートしました。

2018年3月から成果が出る

彼女の現在の安定した強さが結果に出始めたの2018年の3月です。4大大会ではないのですが、それに次ぐ大きな大会であるプレミア・マンダトリートーナメントのインディアンウェルズ・マスターズという大会でした。1回戦でなんとかシャラポワに勝って、そして、なんとそのまま優勝してしまったのです。もちろんシングルスでのプレミア・マンダトリー大会優勝は日本人女子選手初です。続くプレミア・マンダトリートーナメントであるマイアミ・オープンという大会では、1回戦で同大会8回の最多優勝記録を持つセリーナに6-3 6-2のストレート勝ちを収めています。この時セリーナは出産後2回目の大会という事で彼女の調子が良くないから、と地元紙では伝えられていました。まさか、20歳そこらの日本人テニス選手がセリーナに勝つなんてありえないという前提があったように感じています。そんな背景をぶち壊してくれた今回のUSオープンの優勝でした。しかももう誰も言い訳は出来ません。なぜなら、36歳でフィジカルも経験も十分に熟し切ったセリーナに1セットも取らせずストレート勝ちしていますし、彼女は今回のUSオープンで初戦から決勝まで1セットしか落としていないのですよ。グランドスラムの中でもUSオープンは賞金が最も高いので名実ともに名選手しか出場していません。サーブも119 miles/hour (191.5 km/ hour)時速191.5キロメートル出ていました。セリーナは時速207キロメートルという報告がありますが、試合中サービスエースが多かったのはNaomiの方です。 何よりもNaomiはメンタルの強さがいかに大切かと世界中に教えてくれました。そして、常に感謝する心は日本文化の美しい習慣です。本当に誇らしく思いました。

USTAビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニス・センター(USTA Billie Jean King National Tennis Center)は全米オープンのメイン会場

彼女がこれまで勝ったことのないマディソン・キーズ(Madison Keys)を準決勝で破った2018年9月6日木曜日の夜、私は試合終了と同時にパソコンがあるデスクへ走って行きました。「オーマイガ」と叫びながら。そして、パソコンを開け飛行機の予約とチケット購入を済ませました。これは行かねば、です。一生に一度あるかどうかの大試合になる、そう予感と自信にあふれていました。カリフォルニアの私にテニスを教えてくれた友人に電話をしニューヨークの大会会場で落ち合う約束をしました。偶然にも彼女のニューヨーク在住の友達が運営するエアービーアンドビーに急にキャンセルが出て部屋が空いたらしく、これはもう追い風しかありません。(土)の女子決勝当日の早朝にニューヨークへ飛びました。12時からまず男女混合ダブルスの決勝戦が開始で、その後4時から女子シングルスの決勝戦です。アーサー・アッシュ・スタジアム(Arthur Ashe Stadium)は決勝戦が行われるUSTAビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニス・センター内にある世界最大のテニス専用の施設です。USオープン以外普段は使われていないそうです。テニスセンター内にはいくつかのスタジアムと練習専用のコートもあります。本番を前に選手が練習している場合があり、練習コート周囲にも人だかりが出来ていました。ただものすごい集中状態ですから選手からサインなどはお願いできません。会場入りが出来るのは11時からです。NBAやメジャーリーグ、アイスホッケーリーグなどアメリカのプロスポーツ大会では入場が厳しく取り決められています。まず共通して言えるのは、大きな鞄やリュックサックは持ち込めません。食べ物は専用の手荷物検査場を通過出来れば持ち込めます。USオープンでは以下の通りでした。

私は2泊の予定で来ていましたので、通勤や通学で使うようなリュックサックを保持していました。なので、東門(メインエントランス)と南門のそばに設置されているロッカーに5ドル払ってリュックを預けました。ロッカーに入らないほどの大きな荷物は10ドルです。USオープンはアメリカンエキスプレスカードとCHASE銀行が大きく協賛しているので、アメックスのクレジットカードを提示すればこの5ドルも無料になるだけでなく、会場内にアメックスブースがあり、そこでもカードを提示すれば小型ラジオが無料でもらえます。

メンタルの強さが最後はものを言う

観客が耳に何かひっかけているのをテレビで見かけなかったでしょうか。あれがアメックスが無料配布した小型ラジオでESPNというアメリカの最大スポーツテレビ局の音声が流れています。セリーナが審判ともめていたとき、ラジオを持って居ない人は近くにいる人から情報を得ていました。数分のズレはありましたが、大半の人はセリーナと審判のやりとりはラジオを通じて知っていました。なのであのブーイングは若干過剰ではありますがセリーナファンが、審判に対して抗議したものです。けっしてNaomiに向けられたものではないはずです。しかし正直、紳士淑女のスポーツであるテニスの試合会場では、選手がプレイしている間はリスペクトを示し静かにしなければなりません。テニス会場であのブーイングは見た事も聞いた事もない経験でした。テニスをよく知らずに悪ノリでブーイングしている人も正直含まれています。マナーという面では本場ロンドンのウィンブルドンとは比べものにならないと思いました。私の席の周りには日本人らしい人が居なかったのでセリーナが得点をする度にかなり異様なくらい大きな声援がありました。私も私の友人も「なおみー」と声を出して応援しましたが、反対勢力が多いなかそれは本当に容易ではありませんでした。ただ少数ではありますが、Naomiのプレイがあまりにもスゴすぎて、周囲の観客が徐々に彼女に魅せられて態度が変わっていったのも肌で感じました。だって、あのセリーナからブレイクしたり、セリーナの若い頃を彷彿させるサービスエースを取ったりすると、アメリカ人も何人も、彼女を認めざるを得ません。それがスポーツです。コートに立てば各々の選手が背景に抱えているものなど関係ありません。一人の選手対選手の対決という芸術です。観客はその芸術に対しお金を払って観て楽しむのが仕事です。ボールがアウトかフォルトかどうか判断するのはジャッジマン達の仕事ですし、ルールに従ってペナルティを科すのは審判の仕事です。ファンなら肩入れしてしまうのは多いに気持ちが分かりますが、一緒に感情的になってブーイングをして過剰な思い入れから試合の妨害や相手選手への配慮がないのは違うと思います。Naomiは歓声が大きすぎて何も聞こえていない様子で事態を分かっていない感じでした。第2セットで3-4から3-5に勝手に変わっていたのにも驚いた顔をしていましたよ。彼女がスゴいのは、色んな前代未聞な悪い事情が怒っているのにもかかわらずComposure冷静さを失わなかった事です。セリーナには何回もチャンスがありました。一度目の警告後に、さらっと流して試合に集中しもし優勝したら、逆境にも打ち勝った真のチャンピオンとさらに彼女の価値を高める事だって出来たはずです。ブチ切れる/ 冷静になる この判断をする時間はほんの数秒だったかもしれません。1秒未満だったかもしれません。でも彼女には選択肢がありました。ブチ切れる/ 冷静になる。そして、ブチ切れるを選んだのは彼女です。24回目のグランドスラム優勝をかけた大一番、感情的になってしまうのは人間なら誰でも起こりうることです。ただどんな職種においても成果を出すにはその仕事のスキルに加え、メンタルコントロールが大切だという事が示された試合でもありました。何かあるごとに毎回感情が乱れていてはどんな人もどんな職種でも持ちません。ただ、フィジカル、メンタル、全てにおいて最高のプレイをあの場でやりとげて最強のセリーナをそこまで追い込んだNaomiが本当に素晴らしい方であると言えます。

Naomiブームはアメリカでも止まらない

彼女が日本代表してプレイしてくれて本当に感謝しています。しかも、ラストネームがOsaka,これは大阪人としても黙っていられません。ちなみにネタとして、「これがNaomi Tokyoやったら嫌やなぁ」という事を大阪人は冗談で言っています。最後に、Naomiブームはアメリカでも留まる事を知りません。皆が欲しいのはまず日本製ラケットYONEXではないでしょうか。決勝戦で使用していたグッヅ情報をここに載せておきます。彼女はプロ選手には珍しく一般に市販されているラケットに5gの重り代わりになるテープをラケット周囲に貼付しているそうですよ。

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